《日本古典への招待》『古事記』講師 東京大学名誉教授 多田一臣
『古事記』は、『日本書紀』と並ぶ古代の歴史書だが、その性格は大きく異なる。国家の歴史書であることを標榜する『日本書紀』とは違い、『古事記』は宮廷の歴史書としての性格をつよくもつ。天上の世界から地上の世界へ、アマテラスを始原とする皇統が、天孫降臨以後、どのように継受されてきたのかを、『古事記』は宮廷の歴史として語ろうとする。 しかも、一個の物語として語ろうとする。それゆえ、『古事記』には、高い文芸性が現れている。この講座では、『古事記』の文脈に即しながら、『古事記』を文学作品として読んでいこうと思う。民俗学の視点も導入しながら、古代の人びとの世界像がいかなるものであったのかについても言及したい。
《日本古典への招待》『枕草子』 講師 フェリス女学院大学名誉教授 三田村雅子
『枕草子』は10世紀の終わりから11世紀の始めにかけて成立した不思議な作品です。内容は歌枕のような地名、辞書的な項目、ひねりの利いた皮肉な分類、宮廷女房日記的な物と、多彩ですが、いずれも中宮定子の女房としての価値観と美意識を背景としたユニークな文章の集成となっています。今回は『枕草子』の宮廷日記的な側面に焦点をあてながら、『枕草子』が書こうとした歴史と、他の歴史資料によって想定される事実との落差、隔たりを取り上げ、『枕草子』がいかに歴史的事実に背き、抗い、独自の世界を構築していったのかを見ていきます。その事で『枕草子』が描こうとした世界の本質を明らかにし、当時の読者にもたらした影響も考えます。
《日本古典への招待》日本古典を学ぶ意義 講師 国文学研究資料館館長 渡部泰明
分断と抗争の脅威にさらされている現代において、古典を学ぶ意義はどこにあるのかを、富士山をめぐる和歌を中心とした表現から考えます。富士山は、完璧な美しさや威容を誇っていると思わせながら、実は理想世界と現実世界をつなぐ境界だと捉えられてきていたのです。見えるけれど見えない、不可視のものであるはずなのに、可視的である、境界的な存在だと。そして優れた表現においては、その境界を越えることが目指されていました。こうした越境の表現こそ、人と人との垣根を越える共感を育てるのではないでしょうか。現代社会では、たんなる同情や思いやりに留まるのではない、情理を合わせ持つ、想像力に満ちた共感が必要だと思うのです。
《日本古典への招待》 『奥の細道』講師 東京大学名誉教授 長島弘明
『奥の細道』は、芭蕉(1644~94)のもっとも著名な俳諧紀行であると同時に、日本古典文学の代表作でもあります。芭蕉は元禄2(1689)年の旧暦3月27日、門人の曾良を連れて、江戸深川からみちのくの俳諧行脚に出発しました。8月下旬に大垣に着くまで、約5か月、関東・東北・北陸と、2400キロに及ぶ大旅行です。様々な歌枕や歴史上の旧跡をめぐり、大勢の人と出会い、沢山の名句を残しています。 『奥の細道』はこの旅をもとにした紀行ですが、事実そのままの記録ではありません。旅で体験した事実を素材としながら、それに虚構を加えた創作なのです。そういう視点で、『奥の細道』をご一緒に読んで行きたいと思います。
《日本古典への招待》『平家物語』 講師 千葉大学名誉教授 栃木孝惟
本講座は、日本の代表的な古典、『平家物語』を読み深めることを目指す講座です。古典を読み深める過去への旅は、古典をより豊かなものにすることを目指すと共に、過去から現代を豊かにするすぐれて創造的な営みでもあります。日本の重要な転換期を描き出すこの物語が、私たちの父祖・母祖が歩いてきた道筋を、また政争が武力によって決する過酷な時代の人々のありようを、どのように映し出しているか、その一端を見つめます。